「ハッピーエンドは欲しくない」を読んだ。独学の旅人という生き方。

今回は書評です。本を2回読むことなど技術書以外にはない…そんな僕の価値観を変えてしまったのが「ハッピーエンドはいらない」。驚くべき程の読了感をもたらした。

それはよくあるリンク付きのツイートに過ぎなかった。どこかの誰かが垂れ流したツイートに「人生に物語は要らない」が含まれていたのだ。興味本位でクリックした先には、見たことのない新たな世界が待っていた。

開拓者は冒険心からそうするわけじゃない。革新者は探究心からそうするわけじゃない。社会不適合な人間は、既存の社会の外側に居場所 を求めるしかないのだ。きっとこれまでもずっとそんなはぐれ者たちによって世界は拡張されてきたのだ。歪な歯車はどこにもはまることができない、そのことにこそ、意味があるのかもしれない。

すでに崩壊していた家庭環境の最中、母親の自殺により実家を出る著者。コンビニバイトで生計を立てるものの、インターネットで購入したお薬で超絶トリィィィップしたり、借金まみれで夜逃げした先が西成のホームレスだったりと波乱万丈な人生を歩む。

何の生産性もない仕事をし、薄暗く誰もいない空っぽの部屋に帰り、廃棄弁当を食い、寝て、起きて、その繰り返し。空虚さから逃れるために薬をキメて、さらに空疎になっていく。誰の役にも立たず、社会の歯車にすらなれず、家族もなく、友達もなく、金もなく、夢も希望もなく、ひとりきりで誰にも気づかれないまま生きて、ひとりきりで誰にも気づかれないまま死んでいく。目の前にはただ、底の見えない空虚さだけがあった。

一方、初のTOEICで680点を取ったり、派遣で野菜の生産販売の伝票処理をするシステム開発を一人で請け負って完成させるなど、時折頭のスペックの高さを垣間見せる。特に、システム開発の部分では、職場の人間にニーズを聞きつつフルスクラッチで業務プログラムを作るという驚くべき偉業を成し遂げてしまう。マジすげぇ。

でも結局はバックれる。この時は役員報酬を目にしてモチベーションが下がってしまったからだが、著者はこの物語の中で度々バックれることになる。

なぜか?

「社会の上層」は居心地が悪い

著者は、随所でいわゆる「社会の上層」と呼ばれるものに触れるのだが、どうも居心地の悪さを感じてしまうのだ。むしろ治安が悪くカオスな西成やインドのバラナシに居心地の良さを感じてしまう。

しばらくこの街で暮らしてみて、ひとつだけわかったことがある。この街にいる人たちは、みんなパンクの精神を持っているのだ。押しつけがましいもの、よそよそしいもの、気を抜けばすぐに心の内奥に入りこもうとするものをすべて蹴り飛ばし、すべて叩き潰し、ここにたどりついている のだ。ここにいる人たちは、真のパンクスなのだ。そんな人間が集まった、最低最悪の、掃き溜めのような場所、どれほどのクズでも生きていける世界。だから僕にとってこの街はこんなにも居心地がいいのかもしれない。

うむ共感。ただ生きているだけでも、社会からの圧力やプレッシャーは強くのしかかるものだ。善人になれ、上を目指せ、成功しろ、安定しろ、男ならしっかりしろetc…マジうるせーよクソがボケボケボケ。クズでいたいんだよクズで。生きるのが楽だから。でも自分に正直になればなるほど周囲との軋轢は発生する。そして孤立するから逃げてしまう。

そんな反抗的でくすぶった人間たちに言いようのない安心感を感じてしまうのだろう。

思い浮かべたのはエリック・ホッファー

あ、そうそう、今回の「ハッピーエンドは欲しくない」のエピソードの数々は、独学の社会哲学者エリック・ホッファーを彷彿とさせた。

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たとえば、身寄りがないこと(著者は家庭崩壊、ホッファーは両親が死去)、暇さえあれば図書館に通っていたこと、そして各地を転々とすること…彼らは気の赴くままに旅をし、自らフィールドワークを通して考察を深めていくのだ。

僕は彼らの生活に憧れを禁じ得ない。

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元公務員。「ゆるく生きたい…!」「夢がありそう…!」と希望を持って地方から上京したものの、東京の荒波に晒され地獄感を味わう。過労とストレスで体を壊すぐらいなら冷蔵庫を壊そう。